The double

cotteの脳内日記

繰り返すのか学ぶのか

7、80年前と比べてみると

今は本当に簡単に膨大な情報を

一般のわたしたちでも得ることができる

 

SNSはもうその代表だろう

 

また多くの知識人たちがメルマガなどを活用して

情報を届けてくれたり

 

本を執筆したり

 

さまざまな場所で

さまざまな分野の勉強会やサロンが開かれてもいる

 

情報の正誤を精査する必要はもちろんある

けれど

7、80年前

ごくごく限られた情報ソースと

また情報が広がるスピードを比べれば

 

自らが各々動けば情報はかなり簡単に

安価に得られるようになってきたのではないか

 

けれど

7,80年前の状況を知っている先人たちは

あのころに戻っている

あのころに似ていると

口々に警告を鳴らしている

 

頭の上にたくさんの情報がぶら下がっていても

その実をもぎとっても見ず

 

あたかもなかったことのように

知らないことは

そのまま知らないままにしておこう

という姿勢は

変わらないままなのだろうか

 

情報と知ることの欲求

比例しないのだろうか

 

この夏、わたしは

日本会議に関する本を読んだ

 

大義名分がどうのこうではなく

地道にしっかりと基盤を作った組織は

強固に継続していく力がある

 

担ぐ神輿を変えながら

何十年と継続していく力を持っている

 

神輿をが空を舞う姿ばかりを

追っていては

またはぐらかされる

 

どんな人たちが担いでいるのか

下で足並みを揃え

掛け声を揃え

担いでいる顔ぶれは

実はあまり変わっていないのかもしれない

 

そんなことを

ここ数日の新聞の一面を見ながら

思う

 

またわたしたちの大切なお金も

億単位で消えていく

 

歴史は繰り返すのか

歴史から学ぶのか

 

1人1人が問われている