The double

cotteの脳内日記

めがねとカツラ

おかげさまで

わたしは日々の暮らしの中で

さまざまな世代の人々と

ことばを交わす機会が

そこそこあるほうだ

 

ある日

親世代のおじさまに

「めがねをかけている人は

やっぱり人前でめがねを外すことに

抵抗はあるのかね?」

と訊ねられた

 

間髪入れずに

「無理です、無理。恥ずかしいですね。

基本寝る時と入浴の時にしか外しませんね。」

と答えると

 

「カツラと一緒か」と返ってきたので

 

「え?!カツラと一緒にしないでくださいよ~」

とこれも間髪入れずに答えてしまったのだが

これはカツラに失礼だったなと

 

この方の帽子の下はもしやカツラなのか…とも

言ってから案じたが

笑って話は終わった

 

若い頃は

コンタクトレンズもつけていたが

ものぐさなわたしは

少しでも楽なことを選択しているうちに

 めがねに変えた

 

これが想像以上に楽で

顔の前に一枚シールドが出来上がった感覚

軽く武装した感覚になり

ふっと力が抜けた

 

人と会うことに対して

むやみに構えることが

格段に減った

 

めがねをかけている人の中には

写真を撮る時には

必ず外すという人も

意外と多くいる

 

集合写真などで

「ちょっと待って」

といってめがねをはずし、

前髪を手で

さらさらと整えている人を見ると

 

わたしには考えられない行動なので

思わず、「ぎょっ」としてしまう

 

わたしにとってのめがねは

こうしためがね族とは

存在の仕方がすこし違うのかもしれない

 

もう単なる道具というわけではなくなっている

 

 

わたしにとってめがねという存在は

どちらかというと

カツラに近かったやも知れぬ