The double

cotteの脳内日記

願いごと

今夜は七夕

 

近所のパン屋さんで

先月こんな貼り紙をみつけた

「七夕の絵をかいてくれるおともだちはお店の人に声をかけてください」

 

小4の娘がこの貼り紙をみて

パン屋さんから画用紙をもらってきた

店頭のガラスに描いた絵を飾ってくれるのだそうだ

 

「普通に織姫とか彦星を描いたりするのはつまらないから、

ちょっと工夫しながら描こう」

絵を描くのがこのうえなく好きな娘は楽しそうだった

 

「出来上がるまで覗かないでね」と言ったきり、

黙りこくってしまった

 

何日かして、出来上がった絵を見せてもらった

 

最近、少女漫画ぽい絵を描くのが好きな彼女は

画用紙の中央に

ポニーテールの女の子を描いていた

今どきの丈の短い浴衣のようなワンピースを着て

ウインクしている

 

その女の子の手には笹の葉が握られていて

その笹には

1つだけ短冊が結付けられていた

 

よく覗き込むと

その短冊には

「戦争のない世界がきますように」

と書かれていた

 

彼女が文字を書けるようになってから…

おそらく幼稚園でいうところの年中ぐらいから

毎年、七夕の願い事は変わっていない

 

「世界に平和がおとずれますように」

 

 

「大人になったら〇〇になれますように」

「△△を買ってもらえますように」

「◇◇で一番になれますように」

・・・・・

自分自身のお願い事を書いたことが

そういえば

彼女は今までないなと気づいた

 

普段は素っ気なかったり

我を通しすぎることもあるが

 

それでも彼女が

「お願いごと」

という言葉を耳にしたときに

真っ先に

思い浮かぶ

願い事は

 

「世界の平和」なのだ

 

世界とはどんな構造をなし

世界とはどんな広さであるか

そんなことはもちろん彼女はしらない

 

世界地図をみたところで

かろうじて

日本がわかる程度であろう

 

それでも

彼女は彼女なりに

世界というものを

小さい頃から把握し

想いを馳せている

 

会ったこともない多くの人々の

幸せを祈る心がある

 

毎年七夕になると

変わらず同じ想いの

短冊を目にするたびに

 

外見も

言葉遣いも

すっかり変わってしまったが

 

心根の変わらなさを

見せつけられ

 

これで十分じゃないかという気持ちと

わたしが幼かったころ

そんな願い事など書いたこともなかったことを思い出し

尊敬の念すら湧いてくるのである