The double

cotteの脳内日記

「わからない」からはじまる

購読をつづけていた某新聞を2月に解約した

新聞の解約ほどやっかいなことはない

 

電話で解約を伝えると

家を尋ねてくる

なんだかいろんな物を持ってやってくる

理由を聞かせてほしい

半年後は戻ってきてほしい

解約後も何度も電話がかかってくる

 

予想はしていた

だからずっと二の足を踏んでいたわけだが

 

購読をはじめた数十年前は

どこもそんなに変わらないと思って

馴染みのあった某紙を選んだ

けれど3.11後から

違和感を覚えはじめた

 

新聞を開いても

TVを付けても

見当たらない

 

自分は何を欲して、何を知りたいのか?

その扉をこじ開ければ

それはまた途方もない

情報が溢れてくる

それを精査するために

また途方もない

学ぶべきことが待っている

 

そのことに蓋をしてきたのに

突然2月のタイミングで開けたのかはわからない

解約というやっかいな事柄は

私がしたいと思っていることの

実は一番やっかいでないことのひとつだったのだ

 

解約と同時に

ずっと気になっていた某紙に切り替えた

一番驚いたのは

紙面の薄さ

中身の薄さではない

明らかにスポンサーとなる

企業広告が少ないことを物語る

 

この厚みの違いが

しがらみの違いなのか

 

大きなことを成し遂げたいわけじゃない

ただ自分に嘘をついて

生きたくないだけだ

 

ただその嘘をつきたくない

この基盤、それをとりまく社会構造、世界

それがどのように作られているのか

それがわからなければ

自分が吐いているものが

嘘なのか本当なのか

逆転している場合もある

 

だから知りたいのだ

知りたくて、知りたくてたまらない

 

かきわけても、かきわけても

視界は広がらない

一瞬、広がった…

そう感じる時があっても

その自分の感覚をも疑う

 

そしてまたかきわける、かきわける

 

とある本にこんなことが書かれていた

わからないことをわからないと知ることからしか学べない

わからないことを学んでも答えが出てこないことだらけ

人は自分がわからないことをわからないままにしておこうと努力する生きもの

 

もっと若いうちにこんなことを…

と脳裏をかすめそうになるたび

頭を振り乱し、かき消しながら

 

今日も目の前に広がるうっそうとした

世界をかきわける