The double

cotteの脳内日記

自由と孤独

本格的に思春期へ

小学3年のむすめのことである

 

年末辺りから

死生観について話すようになったり

変化はあったが

 

最近

「みんなと遊んでいてもふとした時に自分はひとりだなと感じる時がある」

と言いだした

 

とうとうきましたな

むすめよ、おいでやす

 

なにかいじわるをされたわけじゃない

仲間外れにされたわけじゃない

 

ただふと

疎外感を感じるのだ

 

みんなときゃっきゃ、きゃっきゃしているときほど

それは襲ってきたりするものだ

 

嘘までではないけれど

自分の心と少し離れる感覚

 

みんなには

ひょうきんで

明るくて

天真爛漫

といわれているむすめ

 

けれど

むすめはそういわれるたびに

みんなのほうが

ずっとそうだよ

と心からそう思うらしい

 

時々むすめは一人を選ぶ

思うがままに自分だけの時間を使う

けれどそれもまた孤独を感じることになったりする

 

自由ってなんだろうね

 

自由とは孤独と背中合わせ

それでもその自由を選びとる姿勢は

誰かに勇気を与えていることがある

 

波のように

行ったり来たり

心は定まらず

 

踏み入れた思春期を

むすめは途方もなく長く感じるだろう

 

寝顔を覗けば

まだまだ赤ん坊の面影が残っている

まだまだその小さい手で

一旦築いたものを

恐れず更地にするパワーを持っている

 

そのパワーをみせつけられると

きみはもう小さいけれど

立派な芸術家だ

 

自分に嘘をつく一番の存在は自分だ

自分に騙されず

思いっきり孤独を噛みしめ

自由を手に入れろ