The double

cotteの脳内日記

文集にツェッペリンを

卒業シーズンである

忘れていた

中学の卒業の頃を思い出した

 

 

高校受験も終わり

学校では卒業文集作りがはじまった

 

以前にも書いたが

わたしはどこかで大人が喜ぶ、安心する

こども像がわかっていた

 

頭の中も腹の中も

どす黒く

周りにいる大人たちを観察しては

「汚いおとなにはなりたくない」と

自分も真っ黒なことは置いといて思っていた

 

勉強は

好きだったのか?

嫌いだったわけではないが

暗記優先の勉強には

いつか限界がある予感はあった

 

それでも何に対する意地か…

 

県内ではその名を聞けば

「おお!」と一目置かれる

県立高校に合格し進学が決まっていた

 

それでもドロドロしたものが

自分の中を流れていた

顔はいつも笑顔を作っていたが

喜ぶおとなたちを冷めた目でみていた

 

そんな一段落感のある中での

卒業文集作り

 

家路につくと

わたしは自分のLP盤の棚から

一枚のレコードを取り出した

歌詞カードをみる

対訳の日本語はない

英語のみだった

 

辞書を片手に訳す

学校の英語とは違う

主語がどれかわからない

数行とにかく単語を書きだすと

見えてくる

 

接続語のwhichがどこに繋がるのか

わからない

 

学校の英語の授業とあまりに違う

歌詞の世界

 

これ

このまままじめに英語の授業を

あと3年続けて受けても

英語なんてまともにしゃべれるようになれない

と、

こんなところではっきりわかってしまう現実

 

それでも数日かけて

オリジナルの訳詞ができた

 

LP盤の棚から取り出した一枚は

レッド・ツェッペリンの「Ⅳ」

選んだ曲は「stairway to heaven」(天国への階段)

 

自分の文集スペースに書き写した

 

卒業式の二日前

出来上がった文集を手渡される

「何を書いてんだ。修学旅行でも運動会のことでも

書くことあっただろ」

担任の声が遠くに聞こえる

 

ホームルームが終わり

教室を出ると

廊下で一年目の若い数学の先生に呼び止められた

 

「担任の先生はちょっと怒っていたけれど、

俺もあの曲好きだよ。

俺はあの文集、すごくよかったよ。

高校でもおまえらしくいろ。」

 

そうだった

これが一番のはなむけの言葉だった

 

特別親しくしていた先生ではなかった

特別親しくしていた先生なんてひとりもいなかった

 

それでも黙って見ていた人がいた

上手く言葉にできない苦しさを

少し勘づいてくれている人がいて

それでいいと

肯定してくれた人がいた

 

そんな予想だにしないことが

予想だにしなかった人からある

 

だから今の若いひとたちにも言いたい

欲しい人から

欲しい言葉は投げかけられないかもしれない

 

それでもあたなを見ている人が

あなたの本質を見ている人がきっといる

気付かず通りすぎてしまうこともあるだろうけれど

そっと見守っている人たちも

きっと何人もいる

 

世界はあたなが思っているよりも

少しだけ広く

温かい