The double

cotteの脳内日記

とりあえず聞いてみる

先日の3連休中に灯油を使い切ってしまった

あと数時間でストーブの火も消えてしまう

 

灯油は地域の老夫婦が営む個人商店から買っている

普段は電話でお願いすると

玄関まで届けてくださる

 

連休が明けるまではしかたないので

エアコンとホットカーペットで凌ごうと

思っていたら

夫が

「試しに電話をしてみて店まで行ったら売ってもらえるか聞いてみる」

と電話をし出した

「えーーお休み中に悪いよ」と

わたしは小さい声で夫の背中に向かってぶつぶつ呟いていた

 

結局、灯油屋のおとうさんは

「これから一軒配達があるから、帰りにそちらにも寄るよ」と

配達してくださった

 

夫はいつもこんな感じで

とりあえず聞いてみる

結果はどちらでもいいでしょ、

とりあえず聞いてみる

ということをする

 

そういえば、昨年末

灯油屋のおとうさんに夕方電話をしたら

「ごめーん。これから忘年会だから、明日配達でいいかな

あ、でもこれからお酒飲んじゃうから明日も午後配達になるかな」

と言われたとき、思わず

可愛いなと思ってしまった

目上の人に失礼かもしれないが

素直な返答が可愛いなと思ってしまった

 

この返答を失礼と思う人もいるのかもしれない

けれどどう思うかは

その人自身の問題なのだ

 

そうだ、聞いてみること、

伝えること自体は

全然悪いことではないのだ

なにをわたしはいつも遠慮してしまうのだろう

 

 

息子は、この1月末に授業の一環で職場訪問がある

中学1年生はそれぞれ自分で交渉して探してきた職場に行き

インタビューをしたり仕事を見学する

中学2年生になると3日間職場体験をする

 

年末に学校から配布された用紙を持って

決まった職場に事前挨拶に行った

そこでその用紙に職場で正式に依頼を受けましたという

サインをもらって学校に持ち帰ってくるためだ

 

その時、息子は職場の店長さんに

「あの、今日インタビューして1月は来たことにしてもいいですか?」

と訊ねたのだ

結果は当たり前だが

「それはできません」と店長さんに言われた

当然なのだ

わたしだったら、聞かない

答えはわかっている

しかも叱られるかもしれないじゃないか

 

けれど息子は

とりあえず聞いてみる

聞いてみること自体は悪くないでしょ

という感覚だ

 

万事がすべてかれはいつもそうだ

 

そうだ、聞いてみること、

伝えること自体は

全然悪いことではないのだ

なにをわたしはいつも遠慮してしまうのだろう

 

昨夜ドラマ「嫌われる勇気」が始まった

とりあえず第1回目を観てみた

あの主人公のキャラクターには

いろいろ言いたいことはあるが

回を重ねる中で

もう少し変わってくる可能性も感じられたので

様子をみようと思う

 

ドラマの中で主人公を

「ナチュラル ボーン アドラー」と

呼んでいたが

 

よっぽど息子のほうが

「ナチュラル ボーン アドラー」だと思ってしまった