The double

cotteの脳内日記

くすぶる10歳

昨日娘が10歳になった

 

幼さと大人っぽさが混在している

今の彼女はなかなかに扱いがやっかいである

 

 

自分の思い描いたイメージに

自分を近づけたい

けれどその努力は

いろいろな誘惑に負けてできない

できない自分

 

イライラしながらもがいている

 

言葉では言わないが

彼女が書き溜めている

イラスト帳の中の絵の変化が

雄弁に物語る

 

「何も聞かないで、なにも質問しないで」

 

最近の彼女の口癖だ

けれど

察してほしい

傍にいてほしい

優しくしてほしい

無言のメッセージが

毎夜わたしに突き刺さる

 

いつもけんかばかりしている息子が

それでも妹を心配する

 

息子は口から生まれてきたような子で

言葉を発して発散する

 

娘はじっと観察し続け

言葉というより絵に投げつける

 

「10歳になってこれからの一年間、どんな日々になるんだろう。」

彼女は少し涙を流しながら

マジックアワーの空模様を絵の具で画用紙に書きなぐり

しばらくして深い眠りについた

 

変わってあげられるものなら

変わってあげたくなる時もある

 

くすぶる10歳

いつかきっと

大きな炎をめらめらと燃やして

歩ける時が来る

 

おめでとう

くすぶる10歳

どんな時だって愛してる

願いごと

今夜は七夕

 

近所のパン屋さんで

先月こんな貼り紙をみつけた

「七夕の絵をかいてくれるおともだちはお店の人に声をかけてください」

 

小4の娘がこの貼り紙をみて

パン屋さんから画用紙をもらってきた

店頭のガラスに描いた絵を飾ってくれるのだそうだ

 

「普通に織姫とか彦星を描いたりするのはつまらないから、

ちょっと工夫しながら描こう」

絵を描くのがこのうえなく好きな娘は楽しそうだった

 

「出来上がるまで覗かないでね」と言ったきり、

黙りこくってしまった

 

何日かして、出来上がった絵を見せてもらった

 

最近、少女漫画ぽい絵を描くのが好きな彼女は

画用紙の中央に

ポニーテールの女の子を描いていた

今どきの丈の短い浴衣のようなワンピースを着て

ウインクしている

 

その女の子の手には笹の葉が握られていて

その笹には

1つだけ短冊が結付けられていた

 

よく覗き込むと

その短冊には

「戦争のない世界がきますように」

と書かれていた

 

彼女が文字を書けるようになってから…

おそらく幼稚園でいうところの年中ぐらいから

毎年、七夕の願い事は変わっていない

 

「世界に平和がおとずれますように」

 

 

「大人になったら〇〇になれますように」

「△△を買ってもらえますように」

「◇◇で一番になれますように」

・・・・・

自分自身のお願い事を書いたことが

そういえば

彼女は今までないなと気づいた

 

普段は素っ気なかったり

我を通しすぎることもあるが

 

それでも彼女が

「お願いごと」

という言葉を耳にしたときに

真っ先に

思い浮かぶ

願い事は

 

「世界の平和」なのだ

 

世界とはどんな構造をなし

世界とはどんな広さであるか

そんなことはもちろん彼女はしらない

 

世界地図をみたところで

かろうじて

日本がわかる程度であろう

 

それでも

彼女は彼女なりに

世界というものを

小さい頃から把握し

想いを馳せている

 

会ったこともない多くの人々の

幸せを祈る心がある

 

毎年七夕になると

変わらず同じ想いの

短冊を目にするたびに

 

外見も

言葉遣いも

すっかり変わってしまったが

 

心根の変わらなさを

見せつけられ

 

これで十分じゃないかという気持ちと

わたしが幼かったころ

そんな願い事など書いたこともなかったことを思い出し

尊敬の念すら湧いてくるのである

裸の王様

時々、中2息子がこのブログを読んでいるみたいだ

 

面白いこと考えてんじゃん

と謎の上から目線である

 

息子ほぼ一年中

家の中では裸族である

はじめのうちは

 

やめて!

下だけでも何か着て!

と女子チーム(私と娘)たちは訴えていたのだが

どこ吹く風

 

そのうちに

怖いもので

着ているか、着ていないか

そういう意識すらこちらもなくなってしまうもので

 

今朝はどうだったかさえ

覚えていない

 

怖い

慣れとは怖いものである

 

それでも時折

下だけでいい何か着て!

とお願いすると

 

最近は

え?!履いてますけどー

心のきれいな人にしか見えない

パンツ履いてますけどーー

とこれまた意に介していない

 

そんな息子、今朝起きると

なぜかリビングの床に転がって寝ていた

そばにはゲーム機がおいてある

 

何をやっているんだよーー

と肩を揺さぶりながら

声を掛けると

 

え?!

今日の都の学力試験の勉強して寝落ちしただけだよ!!

となぜか怒り口調で威嚇してくる

 

だって勉強道具なんにも出てないよ?

テーブルの上、この上なくきれいなもんだよ!

と応戦すると

 

何言ってんの?!

心のきれいな人にしかみえないノートが

ここにあるじゃないか!!

 

はいはーーーい

 

どうやら彼の国の基準では

わたしはまだまだ心がきれいでないようだ

 

「いる」っていうだけで

ここのところゆっくりブログに向き合えない日が続いている

何度か書いているが

夫が4月から学生にもなり

帰りも1時間ほど遅くなり

夕食も家で摂るのが週の半分以下になった

 

たったそれだけなのだが

ずっしりと家の中のことが

わたしにさらにのしかかってきた

 

今までだって

平日の掃除、洗濯、炊事は私だけだった

はっきりとした仕事量が増えたわけではない

それなのに

毎日重い疲労を感じる

毎晩布団に飛び込んだとたんに

眠りに就いている

 

この家の中にいる

それだけでどんなに

わたしの精神的な負担を軽くしてくれていたのかを知る

 

時折「役立たず」的な扱いをしていたが(笑)

ただ「いる」というだけで

人間って存在する意味があるのだということを知った

 

今までも半分冗談で言ってきてはいるが

これはもういよいよ

何が何でも

一分一秒でも早く

私の方が先に現世を去らないとなと本気で思う

6月15日

6月15日

息子は14歳になった

 

我が家にとっては特別な日のひとつである

息子が起きてくる前に

とっさにその日の朝刊を隠してしまった

 

心は晴れぬが

それを隠して明るく

おめでとうと言いたかった

 

夜帰宅した息子が

自分の生まれた日の

朝刊と夕刊の見出しを眺めながら

今まで聞いたこともないような

驚愕の声をあげながら

嘘だろう?!

と叫んでいた

 

これからこの国はどうなっていくの?

と不安げに尋ねてきた

 

民主主義議会制度が死んだ日と呟いた人もいた

いやもう一度再生する折り返し地点だと信じるのだ

嫌なこと、難しいことに目を反らさず

忘れようとするのを止めにしようと

心に留める日になっただけだ

 

たまたまその日

何度読んでも共感できない短編小説の感想文を書かなければいけない

と相談をうけた

 

ざっと目を通す

 

共感できなければ、共感できないと書けばいいのではないか

とアドバイスにならないアドバイスをした

 

いやもう少し

提出する俺の身になってくれよ

と言われた

 

ならば少し違う観点から

突破口を探してみようと

教科書を2人で目を皿のようにして

もう一度読んだ

 

小説の中の主人公「僕」は一度だけ

学校の先生から名字で呼ばれている

 

この「僕」は作者と同じ名前だね

文末に作者の紹介が出ている

ご丁寧に生年月日まで

 

主人公は中等学校に通っているから

15歳と仮定しようか

そうすると1935年だね

 

あ!!と息子が声をあげた

 

1935年はドイツではヒトラーユダヤ人から公民権をはく奪している

日本では軍事政権になった年だ

そしてある憲法学者を筆頭に

治安維持法で逮捕者も続出している

 

主人公は九段坂近くの中等学校に通っている

教室の窓からは靖国神社がみえる立地だ

 

国語の先生が

ここは今も昔も名門校だと言っていた

それなのにこの主人公は

勉強もスポーツも全くできないし

だからといって不良でもないし

いつも何に対しても無気力なんだ

それが不思議だった

俺より絶対頭がいいはずなのに

なんでいつも諦めムードなのか

全然共感できなかった

 

でも

 

もしかしたら

無気力にみせながら

時代に抵抗していたのかな

すべてのことに興味がないふりをして

反抗していたのかもしれない

 

だったらそう書けばいいと思うよ

 

だね

 

ねえ。

今日みたいな日を想像して

この教科書にこの短編は選ばれたのかな

 

わからない

でもいろんなひとたちが

頑張っていると思う

 

大きな声

ダイレクトな声では

消されてしまうかもしれない

だから

サインやチップのように散りばめて

発信する人はたくさんいると思う

 

あたながそう感じたのなら

それはそう感じればいい

 

そのまま受け止めることもいいけれど

その裏に何かあるのかもしれないと

紐解いていこうといこうとする努力も

必要な時代かもしれない

 

俺、この主人公

好きになったかもしれない

それはよかった

安岡章太郎さんも喜んでいるんじゃないかい

 

ダブルバインド

自分の思ったように行動しなさい

    そんなことしちゃいけない

    そんなことしたら許さないから 

自分の好きなものを選びなさい

    そんなのあなたには似合わない

お友達とは仲良くしなさい

    あの子とは遊んじゃいけない

 

ダブルバインドの世界に住んでいた者にとって

一体自分は何者なのか

本当は何をしたいのか

それを掘り起こして

手のひらからこぼれないように

しっかり握りしめて

生き抜いていくことの難しさは

その世界にどっぷりと浸かっていた者にしか

わからない

 

全てに逆らうこともまた違う

けれど

たまたまでも一致すると

吐き気がする

 

わたしはわたしと

呪文のように唱えれば、唱えるほど

同じ血が流れていることに

吐き気がする

 

同じことを繰り返すんじゃないか・・・

怖くて

子どもを持つことをずっと拒否してきた

わたしは

親になってはいけない人間なんだと

 

わたしと子どもだけ

そんな日は

怖くて、怖くてたまらなかった

自分がなにかしてしまうのではないかと

 

怖くなくなったのは

やっとここ数年だ

 

いいよ。思ったようにやってごらん。

失敗してもいいんだよ。

失敗したらまたやり直せばいいんだよ。

失敗は悪いことじゃないんだよ。

挑戦したということなんだよ。

 

こどもに言いながら

きっと自分に言っているんだろう

 

ママ、俺のこと好き?

ママ、私のこと好き?

 

好きだよ。

好きだけじゃないよ。

信頼している。

何があっても信じている。

何をしても

何を選んでも

ずっと応援するよ。

 

遂には投げかけられなかったことば

本当はわたし自身が

その言葉を浴びたかったのだろう

 

わたしのこどもがそれを欲しているかはわからないけれど

わたしはそのことばを投げかける

それしか方法がわからない

 

こどもたちは

わたしとはまた違ったことがらで

傷つくのかもしれない

わたしとはまた違った観点で

親に不満を持つのかもしれない

 

けれどそれは親不孝でもなんでもなくて

自立にはきっと必要なことなのだろう

 

もう一緒にいたくない

 

そんな日が来ても

 

今までありがとう

と感謝を込めて

その背中を見送りたい

 

 

「わからない」からはじまる

購読をつづけていた某新聞を2月に解約した

新聞の解約ほどやっかいなことはない

 

電話で解約を伝えると

家を尋ねてくる

なんだかいろんな物を持ってやってくる

理由を聞かせてほしい

半年後は戻ってきてほしい

解約後も何度も電話がかかってくる

 

予想はしていた

だからずっと二の足を踏んでいたわけだが

 

購読をはじめた数十年前は

どこもそんなに変わらないと思って

馴染みのあった某紙を選んだ

けれど3.11後から

違和感を覚えはじめた

 

新聞を開いても

TVを付けても

見当たらない

 

自分は何を欲して、何を知りたいのか?

その扉をこじ開ければ

それはまた途方もない

情報が溢れてくる

それを精査するために

また途方もない

学ぶべきことが待っている

 

そのことに蓋をしてきたのに

突然2月のタイミングで開けたのかはわからない

解約というやっかいな事柄は

私がしたいと思っていることの

実は一番やっかいでないことのひとつだったのだ

 

解約と同時に

ずっと気になっていた某紙に切り替えた

一番驚いたのは

紙面の薄さ

中身の薄さではない

明らかにスポンサーとなる

企業広告が少ないことを物語る

 

この厚みの違いが

しがらみの違いなのか

 

大きなことを成し遂げたいわけじゃない

ただ自分に嘘をついて

生きたくないだけだ

 

ただその嘘をつきたくない

この基盤、それをとりまく社会構造、世界

それがどのように作られているのか

それがわからなければ

自分が吐いているものが

嘘なのか本当なのか

逆転している場合もある

 

だから知りたいのだ

知りたくて、知りたくてたまらない

 

かきわけても、かきわけても

視界は広がらない

一瞬、広がった…

そう感じる時があっても

その自分の感覚をも疑う

 

そしてまたかきわける、かきわける

 

とある本にこんなことが書かれていた

わからないことをわからないと知ることからしか学べない

わからないことを学んでも答えが出てこないことだらけ

人は自分がわからないことをわからないままにしておこうと努力する生きもの

 

もっと若いうちにこんなことを…

と脳裏をかすめそうになるたび

頭を振り乱し、かき消しながら

 

今日も目の前に広がるうっそうとした

世界をかきわける